2012年10月22日月曜日

寛保の水害手伝普請図

川越市渋井の観音堂には、寛保の水害手伝普請図が残されています。
寛保の水害とは、寛保2年(1742)8月に関東地方一帯を襲った未曾有の大水害です。
江戸幕府は、直ちに被災地を救済するとともに、堤防の修復に着手し、熊本藩や長州藩などに手伝普請を命じ、同年10月頃から工事に着手しました。
川越地方の荒川堤防は、飫肥藩(現宮崎県)が請負いました。
絵馬は、煤などで読み取れませんが、赤外写真によると「御用」と記された旗の下、復旧作業をする男女53人が描かれており、「村中納之」の墨書から、村人全員の奉納によるものです。
この絵馬は、川越市指定有形民俗文化財に指定されています。





 

2012年8月31日金曜日

古谷八幡神社の関東大震災の記録


古谷八幡神社の境内には、関東大震災により大破した
社殿の復興計画が、次のとおり印されています。

 「・・・将来社殿修理ノ費用ニ當テントスル百年計画ヲ
 提唱シタルニ尽記・・・」

当時の壮大な計画を伺い知ることが出来ます。

大正十二年九月一日関東大震災ンノ為メ當社殿大破□□及ビ
其修繕費寄付募集ニ就テハ容易ナラザル苦心ヲ□メ□ク
工事ヲ完成シタル此経験ニ鑑ミ當裏山及び境内ニ植林
ヲ営ミ此資源ヲモッテ将来社殿修理ノ費用ニ當テントス
ル百年計画ヲ提唱シタルニ尽記ノ諸賢奮シテ此挙ニ賛同
シ夥気ノ苗木ヲ寄附セラル 記シテ後日ノ記念トス
(本文は縦書き、□は文字不明です。)




2012年8月15日水曜日

白山神社(ふじみ野市)に関東大地震の記録


ふじみ野市川崎、新河岸川右岸に鎮座している白山神社 に、
関東大地震の記録が残されています。
境内に有る鳥居由良記によると、「大正12年9月1日関東大
震災は地方一帯を襲ひ一瞬にして鳥居の笠木を落としたの
で修理した。その後地盤の緩み等から危険を感ずるに至っ
たため昭和47年1月社殿と共に修理された。」と記されてい
ます。
こうした、被害記録は貴重で被害の程度から当時の震度を
推定できます。
笠木が落ちたので、震度6強、しかし、笠木が組み合わさっ
た構造のため、震度5強~6弱と推定されます。



2012年7月7日土曜日

川越富士見町の仙波愛宕神社の本殿に関東大地震の記録

川越市富士見町の仙波愛宕神社の本殿の基礎に、貴重な関東大地震の記録が残っていました。
(同は、古文字がないため、新文字を使用しました。)
  
  崇大  壊倒殿本就震地大日一月九年二十正大   
  厳仙    成落月七年三十同工起建再月十年同   
  者波                           
  一
  同
 




2012年6月9日土曜日

災害時対応自動販売機

こんな自動販売機を見かけた事はありませんか。
「災害時対応自動販売機」
この自動販売機、災害時には無料で自動販売機の中のペットボトルのお茶や缶コーヒ等が使用出来るようにしてあります。
また、市町村の災害情報等を自動販売機のLEDの表示盤をとおして、住民に伝達出来るようにした自動販売機もあります。
企業の、災害時の社会貢献の一環です。



 

2012年5月6日日曜日

川越市古谷本郷 潅頂院の関東大地震の記録

川越市古谷本郷の潅頂院に貴重な「関東大地震」の記録が存在します。

 大正十二年九月一日午前
 十一時卅分関東大震災
 一、裏門並塀倒潰
 一、塀普請
    昭和四年十二月十五日竣工
 一、總経費 金九百円也
           祖家中寄附
 昭和四年十二月十五日
 當山第四十四世亮徳代
 
関東大地震の発生は、公式な記録では、11時
58分32秒です。
潅頂院の十一時卅分の記録は、どのように解釈すべきでしょうか。





2012年4月24日火曜日

外国人への災害情報提供について

川越市外国籍市民会議(ベーリ・ドゥエル代表)は、外国人へ
の災害情報提供についての要望書を、川合善朗市長に提出
しました。
多言語での防犯カードの作製や、災害情報を自動音声で聞け
る外国人用の電話の設置などについて、求めています。
市では要望を基に、防犯カードのサンプルを作製したり、地震
発生時に取るべき行動や、避難時の注意点などが日本語と
外国語で書かれており、財布に入れて持ち運びが出来る大き
さのものを、今年度中に完成させ、配布する方針です。
川越市には、市民の約4%に当たる約4700人が外国籍で、
外国籍市民会議は、1999年から始まり、これまでにも市に
さまざまな提言をしており、それらを受けて英語版の市広報誌
の発行などを実現させています。
(読売新聞 平成24年4月24日から)